愛情

 実は唯一、響にも母親の記憶があった。

 成長した響が知った離婚の理由―――仕事一筋で家族を省みない父に母が愛想を尽かしたことが原因だった。

 まだ幼かった俺に母は愚痴ではなく諭すようにこう言った。

 「響、人生の中で仕事は張りをくれるけど…潤いをくれるのは愛情なのよ…」

 母は疲れ切っていた。

 そしていなくなった。



 世の中には「できる人間」と「できない人間」がいる。

 前者が普通で後者はバカだ。

 騙される奴、負ける奴が悪くて騙す奴、勝つ奴が正しいんだ。

 俺は誰にも負けない。

 コト、音楽に関しては絶対に負けない。

 自分が天才だとは思わない。

 只、誰よりも努力している自信はある。

 俺にとって必要価値のある人間は「できる人間」で「できない人間」はゴミだ。



 この環境下で育った俺の認識。

 このことだけが信用、信頼を決める基準だった。

 …はずなんだけど、愛子と一緒にいるようになってからなんだかオカシイ。



   愛が人を変えるなんてくさいこと言いたくないけれど…我ながら考え方や物腰が柔らかくなった気がする。

 そして、俺の中で劇的な変化をみせたのが身体だった。

 腎臓以外の内臓がほとんど機能していなかったのに… 愛子と付き合いだした後に行った検査で普通の人と変わらないくらいまでに回復していたのだ。



   生きていたい。



 愛子の隣りでずっと生きていたい。



 延命に興味のなかった俺が強く命を願うようになっていた。




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